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基礎的なことこそ、簡単な例が必要だと思うのです。

密度汎関数理論( DFT)では強配位子場しか計算出来ない?

学生の時に教授から言われた「DFTでは強配位子場しか計算出来ない」というフレーズをふと思い出した。
その時は何を言われているのかよくわからなかったが、今は「何も工夫しなければまぁそうだろう」と思う。

いくつか鍵となる概念がある。

  • DFTは、Kohn-Sham方程式(一電子方程式)を経由する限り、前提として一電子描像であり、電子相関の弱い時に有効。
  • 電子相関の最も強い系は、原子(束縛状態)である。
  • 電子相関の最も弱い系は、自由電子(連続状態)である。
  • 電子相関とは、(電子間クーロン力ではなく)パウリの排他原理による電子"状態"の避け合いであり、多電子系で発生する。(必ずしも電子位置そのものの避け合いではない)
  • 多重項分裂は、電子相関によって発生する。
  • 配位子場分裂は、結晶場分裂に軌道混成が加わって運動エネルギーが改善されたもので、基本的には結晶場分裂と同様に考えられる。
  • 結晶場分裂は、周囲に配置した点電荷による中心原子における電子軌道のエネルギー分裂であり、一電子状態の時にも発生する。
  • 強配位子場:配位子場(結晶場)分裂 > 多重項分裂
  • 弱配位子場:配位子場(結晶場)分裂 < 多重項分裂

DFTはあくまで「指定したN電子系」においての「基底状態電子密度を再現するような有効一電子軌道(Kohn-Sham軌道)」を教えてくれるだけである。
例として、(MnA {}_6) {}^{2-6n}(A {}^{n-}:アニオン)を考える。Mn {}^{2+}の開殻電子は(3d)^5である。
立方対称の結晶場で一電子軌道が t_{2g} e_gに割れていて、強配位子場ではスピンが一個だけ残る (t_{2g})^5を、弱配位子場ではスピンが全部生きている (t_{2g})^3 (e_g)^2を、それぞれ基底状態とする。
Mn-Aの距離が近ければ強配位子場、遠ければ弱配位子場的になると考えられる。
相関ポテンシャルを入れずに計算すれば、無限にMn-Aが遠くない限り、 t_{2g} e_gの分裂は発生し、強配位子場的な電子配置が実現する。
もちろん、無限にMn-Aが遠い、つまりはMnだけの状態で計算すれば、3d軌道は縮退して全部スピンが残る弱配位子場的になる。

問題は、Mn-Aの距離が有限の時に、相関ポテンシャルを入れた有効一電子軌道は「 t_{2g} e_gが混ざった完全スピン偏極状態」が実現するか?ということである。
もしこれが計算出来るならば、「DFTでも弱配位子場を計算出来る」ということになるだろうが、普通のDFTでは結晶場(配位子場)の分裂の方が大きくて、相関ポテンシャルで全部のスピンを片側に寄せることは出来ないだろう。

その意味で、Uパラメータや、電子状態に拘束条件を課す等、何かしら工夫をしない限り、弱配位子場(の基底状態)は計算出来ないということになるだろう。