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基礎的なことこそ、簡単な例が必要だと思うのです。

ボルン・オッペンハイマー近似

Born-Oppenheimer近似の説明で、電子波動関数原子核の位置に依存する部分の導入に違和感を感じていたので、自分なりにまとめる。

ハットは演算子が残っていることを表す。
例えば、電子の添え字を eとし、電子の位置を \vec{ r } = ( \vec{ r }_1, \vec{ r }_2, \cdots )とすると、

\displaystyle
< \vec{r} |  \hat{ r } | \Phi_e > = \vec{r} < \vec{r} | \Phi_e > = \vec{r} \Phi_e( \vec{ r } )
\\
\displaystyle
< \vec{r} |  \hat{T}_e | \Phi_e > = T_e ( \vec{r} ) \Phi_e( \vec{ r } ) = - \sum_i \frac{\hbar^2}{2m} \nabla_{r_i}^2 \Phi_e( \vec{ r } )
\\
\displaystyle
< \vec{r} |  \hat{V}_{ee} | \Phi_e > = V_{ee} ( \vec{r} ) \Phi_e( \vec{ r } ) = \sum_{i>j} \frac{ e^2}{| \vec{r}_i - \vec{r}_j |} \Phi_e( \vec{ r } )
のように、位置表示(位置を固定)等の表示を指定すると、具体的な形が設定されるとする。
例えば、運動量表示にすると、運動量エネルギー演算子微分を含まず \hbar ^2k^2 / 2mというように表され、逆に位置演算子が運動量の微分を表すようになる。ここではそんなことはしないが、一応、断っておく。

原子核(添字: n)も合わせた、全ハミルトニアンを次のように表す。

\displaystyle
\hat{H} = \hat{H}_{e} + \hat{H}_{n} + \hat{V}_{en}
\\
\displaystyle
\hat{H}_e = \hat{T}_e + \hat{V}_{ee}
\\
\displaystyle
\hat{H}_n = \hat{T}_n + \hat{V}_{nn}

したがって、シュレーディンガー方程式は、

\displaystyle
\hat{H} | \Psi > = E | \Psi >
\\
\left( < \vec{r} | \otimes < \vec{R} | \right) \hat{H} | \Psi >
  = H( \vec{ r }, \vec{ R } ) \Psi( \vec{r}, \vec{ R } )
  = \left( H_{e}( \vec{r} ) + H_{n}( \vec{ R } ) + V_{en}( \vec{r}, \vec{ R } ) \right) \Psi( \vec{r}, \vec{ R } )
 \vec{R} = ( \vec{R}_1, \vec{R}_2, \cdots ) 原子核の位置ベクトルである。

ここで、電子-原子核相互作用の原子核の位置ベクトル \vec{R}をパラメータにした \hat{V}^{R}_{en}を定義する。

\displaystyle
< \vec{r} | \hat{V}^{R}_{en} | \Phi^{R}_{e} > = V^{R}_{en}( \vec{r} ) \, \Phi^{R}_{e}( \vec{r} ) = V_{en}( \vec{r}, \vec{R}) \, \Phi^{R}_{e}( \vec{r} )

個人的に重要なので、以下を強調する。

\displaystyle
  | \Phi^{R}_{e} > \neq | \Phi_{e} > \, \left( \hat{H}_e | \Phi_{e} > = E_e | \Phi_{e} > \right)
\\
\displaystyle
\hat{V}^{R}_{en} \neq \hat{V}_{en}
\\
\displaystyle
V^{R}_{en}( \vec{r} ) = V_{en}( \vec{r}, \vec{R})
つまり、演算子そのものは \hat{V}_{en}とは異なるが、パラメータを上手く原子位置に合わせると具体的な関数形が一致するような演算子 \hat{V}^{R}_{en}を作るのである。

こうすることで、 V_{en}の効果を取り込みながらも、基底空間として電子座標のみを考えたシュレーディンガー方程式が作れる。

\displaystyle
< \vec{r} | \hat{H}^R_e | \Phi^R_{e} >
  \equiv < \vec{r} | \left( \hat{H}_e + \hat{V}^R_{en} \right) | \Phi^R_{e} >
\\
\displaystyle
\quad
  = \left( \hat{H}_e( \vec{r} ) + \hat{V}^R_{en}( \vec{r} ) \right) \Phi^{R}_{e}( \vec{r} )
  = E^R_{e} \Phi^R_{e}( \vec{r} )

これにより、任意の関数 \Psi( \vec{r}, \vec{R} )はパラメータ R_0に依存した \Phi^{R_0}_{e}( \vec{r} )の線形結合で表せる。

\displaystyle
\Psi( \vec{r}, \vec{R} ) = \sum_{k} C^{R_0}_k( \vec{R} ) \Phi^{R_0}_{e, k}( \vec{r} ) 
\\
\displaystyle
  H^{R_0}_e( \vec{r} ) \Phi^{R_0}_{e,k}( \vec{r} ) = E^{R_0}_{e,k} \Phi^{R_0}_{e,k}( \vec{r} )

追記:
この様に、電子系のハミルトニアンに対して対角的な電子波動関数による基底は「断熱的(adiabatic)電子基底」と呼ばれる。
当然、線形結合の係数を弄って(ユニタリー変換)、対角的でない電子波動関数の組で展開することも出来る。これは「透熱的(diabatic)電子基底」と呼ばれる。
透熱的な場合、上手く基底を選ぶことで、後述するBorn-Oppenheimer近似や断熱近似の影響を小さくすることが出来る。この辺りは次回以降に記述予定。

訂正:
電子位置 \vec{r}を受け止める状態空間は \Phi^{R_0}_{e, k}で描き切るので、残りの原子核位置 \vec{R}は展開係数が受けることになる。

\displaystyle
  | \Psi > =  \sum_{k} | C^{R_0}_k > \otimes | \Phi^{R_0}_{e, k} >
\\
\displaystyle
  \left( < \vec{r} | \otimes < \vec{R} | \right) | \Psi > = \sum_k C^{R_0}_k( \vec{R} ) \, \Phi^{R_0}_{e, k} ( \vec{r} )

これらの結果を、パラメータ R_0が元々の変数 \vec{R}に一致する様に調節して、全系のシュレーディンガー方程式に代入すれば、

\displaystyle
H( \vec{ r }, \vec{ R } ) \Psi( \vec{r}, \vec{ R } )
  = \left( H^{R}_{e}( \vec{r} ) + H_{n}( \vec{ R } ) \right) \Psi( \vec{r}, \vec{ R } )
\\
\displaystyle
\quad
  = \left( H^{R}_{e}( \vec{r} ) + H_{n}( \vec{ R } ) \right) \sum_k C^R_k( \vec{R} ) \Phi^{R}_{e, k} ( \vec{r} )
  = \sum_k  \left( E^R_{e,k} + H_{n}( \vec{ R } ) \right)  C^R_k( \vec{R} ) \Phi^{R}_{e, k} ( \vec{r} )
\\
\displaystyle
\quad
  = E \sum_k C^R_k( \vec{R} ) \Phi^{R}_{e, k} ( \vec{r} )

ここで注意するべきは、 H_n( \vec{ R } ) の中の T_n( \vec{ R } )微分演算を持っていて、 \Phi^{R}_{e, k} ( \vec{r} )にも作用する点である。
左から \Phi^{R*}_{e, k'} ( \vec{r} )を掛けて、 \vec{r}積分すると、

\displaystyle
  \sum_k  \left( T_{n,k'k}( \vec{ R } ) + \left( E^R_{e,k} + V_{nn}( \vec{ R } ) \right) \delta_{k'k}  \right)  C^R_k( \vec{R} )
    = E C^R_{k'}( \vec{R} )
\\
\displaystyle
T_{n,k'k}( \vec{ R } ) = \int d\vec{r} \, \left( \Phi^{R}_{e, k'}( \vec{r} ) \right)^* T_{n}( \vec{ R } ) \, \Phi^{R}_{e, k}( \vec{r} )

ここまで来れば、パラメータ Rを完全に変数と同一と扱っても問題無いだろう。
そうすれば、これまで単純に展開係数として扱っていた C^R_k( \vec{R} )が、正に原子核波動関数 \Phi^{(k)}_{n}( \vec{R} )であることに気がつく。


\displaystyle
  \sum_k  \left( T_{n,k'k}( \vec{ R } ) + V^{(k)}_{n}( \vec{ R } ) \delta_{k'k} \right)  \Phi^{(k)}_n ( \vec{R} ) = E \Phi^{(k')}_n ( \vec{R} )
\\
\displaystyle
V^{(k)}_{n}( \vec{R} ) = E_{e,k}( \vec{R} ) + V^{(k)}_{nn}( \vec{ R } )

 T_{n,k'k}( \vec{ R } )の中身を詳しくみると、

\displaystyle
T_{n,k'k}( \vec{ R } )
  = - \sum_{i} \frac{\hbar^2}{ 2 M_i } \int d\vec{r} \, \left( \Phi_{e, k'}( \vec{r}, \vec{R} ) \right)^* \nabla_{R_i}^2 \, \Phi_{e, k}( \vec{r}, \vec{R} )
\\
\displaystyle
\quad
  = - \sum_{i} \frac{\hbar^2}{ 2 M_i } \left( \nabla_{R_i}^2 \delta_{k'k} + T^{(1)}_{n,k'k}\nabla_{R_i} + T^{(2)}_{n,k'k} \right)
\\
\displaystyle
T^{(1)}_{n,k'k} =  2 \int d\vec{r} \, \left( \Phi_{e, k'}( \vec{r}, \vec{R} ) \right)^* \left( \nabla_{R_i} \, \Phi_{e, k}( \vec{r}, \vec{R} ) \right)
\\
\displaystyle
T^{(2)}_{n,k'k} =  \int d\vec{r} \, \left( \Phi_{e, k'}( \vec{r}, \vec{R} ) \right)^* \left( \nabla_{R_i}^2 \, \Phi_{e, k}( \vec{r}, \vec{R} ) \right)

ここまでは、厳密である。
ここで、 T^{(1)} = T^{(2)} = 0と置くのがBorn-Oppenheimer近似である。

\displaystyle
\left( - \sum_i \frac{\hbar^2}{ 2 M_i } \nabla_{ R_i }^2 + V^{(k)}_{n}( \vec{ R } ) \right)  \Phi^{(k)}_n ( \vec{R} ) = E \Phi^{(k)}_n ( \vec{R} )
繰り返しておくと、 kは(多体)電子系の固有状態のラベルであり、例えば k=0基底状態と思えば、電子系を基底状態に固定した時の原子核の動きをこの方程式から求めることが出来る。
基底状態に「固定する」とは言っても、 Rが変わるごとに基底状態の電子波動関数を解き直すので、電子波動関数が原子の振動等で変わらないという意味ではない。

wikipediaによれば、 T^{(i)}_{k'k} = T^{(i)}_{kk} \delta_{k'k}と置くのが断熱近似で、厳密にはBorn-Oppenheimer近似とは異なる。
断熱近似 - Wikipedia
この場合にも、異なる電子状態は混ざらない(電子状態のラベル kに対して対角的)から、原理的には電子状態を固定して原子核の運動を求めることが出来る。

上記でわかるとおり、Born-Oppenheimer近似やら断熱近似やらは、原子核波動関数を求める時の話であって、原子核の位置を固定して電子波動関数を求めること自体は別段何も近似ではない。
電子波動関数の場合の「凍結フォノン近似」と呼ばれているものは、原子核が平衡位置にある時の電子波動関数だけを計算して満足するものであり、結果的に原子波動関数は求めないで済ます。

次回以降、Crude-Born-Oppenheimer or Crude adiabaticについても触れてみたい。

参考文献(ネットに落ちていたpdf)
http://vergil.chemistry.gatech.edu/notes/bo/bo.pdf